にいがた就職応援団ナビ2019

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「新潟で最大級の総合商社」として
地域と顧客に高い満足度を

大正12年に敦井榮吉により石炭販売を目的として創業された「敦井産業」。その後、時代の要請に応え様々なジャンルを開拓し、現在は燃料・建材・管材・金属・機械・情報機器製品の販売、およびこれらに関連する諸工事まで手掛ける。北陸ガスともグループ関係にあり、新潟の産業界における知名度は抜群。収益性を重視した少数精鋭主義をとり、安定した企業体質を確立。今後は国内外を視野に、さらなる事業の拡大を目指している。

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燃料・建材・管材・金属・機械・情報機器製品の販売、工事

COMPANY PROFILE

敦井産業株式会社

〒951-8610新潟県新潟市中央区下大川前通四ノ町2230-12
TEL/025-229-8000URL/http://www.tsurui.co.jp/

事業内容/燃料、建材、設備機器、鉄構、管材、金属、電気機械の各関連商品の販売、およびこれらに付随する諸工事

設立/1952年7月1日資本金/7億円(2017年3月現在)従業員数/122名(2017年3月末現在)

「新潟で最大級の総合商社」として、地域の暮らしを支える。
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「敦井」と言われて新潟の人がまず思い浮かべるのは新潟駅前の「敦井美術館」であり、ガソリンスタンド「敦井石油販売」だろう。敦井の名は、新潟の生活の中にさりげなく浸透している。大正12年に敦井榮吉によって創業された同社は、当初は石炭販売で名を成した。取締役総務部長を務める羽賀は当時の様子をこう語る。「ちょうど現在の社屋がある信濃川の左岸は、北海道から運ばれてくる石炭の荷揚げ場でした。対岸の万代島にあった倉庫やこの左岸に陸揚げされた石炭は、県内外の学校に届けられ、冬場のストーブの燃料として使われていました。」

テレビコマーシャルなどをほとんど流さないため「敦井」の一般での知名度は正直、さほどではないかも知れない。しかし「学校の石炭」に始まって現在では燃料、建材、管材から再生可能エネルギーまで、生活を支えるインフラ関連産業を中心に2万点にも及ぶアイテムを取り扱うまでになった。敦井産業をごくわかりやすく表現すれば、「新潟で最大級の総合商社」ということになるだろう。取引先には県を代表するゼネコンや、誰もが社名を聞けば分かるような有名企業が並ぶ。地域や経済界からの信頼の高さを示すなによりのバロメーターだ。

「敦井産業の信頼は、先輩達が地道に築き上げてきたもの。地域に根ざし、何かあればすぐ駆けつける。そういう永年の姿勢が評価されてのことだと思います。『敦井なら任せても大丈夫』。この言葉をこれからも大切にしていきたい。」羽賀の言葉が同社の姿勢を端的に表している。

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「熱・誠・忍」。少数精鋭で高収益を確保
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敦井産業の強みは、信頼に裏打ちされた大型案件の受注にある。地域社会に欠かせないインフラに、敦井産業は深くコミットしているのだ。例えば江南区横越の阿賀野川浄水場。新潟市で最大級の浄水場の、巨大な本管は敦井産業が納めたものだ。「あの規模のパイプは、メーカーとの実績が深い当社でしか扱えないでしょう。」と羽賀もちょっぴり胸を張る。

水田を潤し、ときには都市を水害から守るポンプも敦井産業の得意分野。潟や河川の多い新潟では、水との付き合いが重要になる。そこに着目し、縁の下の力持ち的存在で地域を支えるのが同社なのである。ただ商品を「右から左に」売るだけの中途半端な姿勢は好まない。設置にあたる工事も担い、万が一にも柔軟に対応する。地域密着企業としての、責任を持った「商い」の姿勢が、同社の根幹を成す。

敦井産業の社訓は「熱・誠・忍」。意味は字のごとく、「熱く物事にあたり、お客様の立場にたった誠の心を持って、時には耐え忍ぶのも大切」。ちなみに「熱・誠・忍」は敦井榮吉が学んだ県立新潟商業高等学校と同一で、つまりは商人の心構えを表したもの。少数精鋭で年商300億円程度の売上をあげるには、まさにこの商人の心構えがあってこそ。「近江商人の『三方良し』の教えにもあるように、売り手よし、買い手よし、世間よしとならないと、商いは結局長続きしません。事業の安定的な成長、顧客満足度の向上、地域社会への貢献。これらを同時に満たすことが大切だと考えます。」(羽賀)

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2年目で権限も責任も全て与える商人(あきんど)育成術
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敦井産業はモノを作るメーカーではない。売り物は「商人」たるその人材だ。人材が一番大切だから育成には力を入れるし、大胆な施策も採用する。

まず新入社員は社員研修でビジネスの基本、業界の動向、取扱商品の知識を学び、基礎を固める。続いて約半年間は先輩社員と得意先を回るOJT。研修で身につけたものを確認しながら経験を積む。そして2年目。ここで先輩から卒業し、ひとり立ちをするのだが、敦井産業のいう「ひとり立ち」は価格の決定権から顧客管理まで全てを含む、「商人」として本当の「ひとり立ち」。

「若いうちから権限も決定権も責任も与えます。商品を仕入れて、値決めして売って、代金を回収して初めて一人前の商人(あきんど)です。」(羽賀)

敦井産業の「少数精鋭」主義は、若者をあっという間に大人にしてくれる。

もちろん、それはいきなり手を離すという意味ではない。先輩や上司のフォローも当然あるし、社風として強い横の繋がりからも強く支えられる。営業から総務部に移ったばかりの入社7年目、吉田が言う。「上司や先輩の壁はあまり感じませんでした。風通しの良さはありますね。横で繋がる仲間は良い意味での競争相手。それぞれが個人として独立していますが、大きな目標に向かって時には助け合いながら、全員で進んでいるイメージがあります。」

ひとりの手に余るとき。なにか問題が起きたとき。全員でフォローする「チームワーク」が敦井産業の持ち味。「新潟で最大級の総合商社」を支えているのは、一人ひとりの人間でしかないのだから。

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